中田邦造の図書館学構想
抄録
本研究では、昭和初期から戦後の図書館法成立期にかけて日本の図書館界で活躍した中田邦造(1897-1956)の理論的業績を明らかにする試みとして、中田が提唱した「図書館の哲学」「図書館の対象学」「読書学」という三つの研究領域に注目し、これを「中田邦造の図書館学構想」として総合的にとらえ、その意義および限界について検討した。
第1章では、中田図書館学の成立背景となる、中田の青年期の思想形成と社会観について検討した。中田の学歴を見ると比較的晩学であり、生涯にわたる自己教育という観点からそれを支援する社会教育について強い関心を持っていた。学生時代には禅や老荘の思想、ドイツ哲学、前期西田哲学などを学び、自らの思想を形成した。農村社会への関心も強く、資本主義経済の営利主義を批判、農村において福祉志向の経済が実現する可能性に期待していた。また、社会の根本問題は貧困であると考え、物の貧困も結局は心の貧困が原因であるとして、社会教育の重要性を主張した。
第2章では、「図書館の哲学」という構想について検討した。「図書館の哲学」とは、図書館存在の客観的意義から、個々の図書館の経営理念までを総合的に考察しようとする試みであった。中田は図書を「著者の人格の表現」、読書を「著者の人格の再現」と考え、図書館の本質を「図書と人とを適切に結びつける働き」だとした。そして、両者を適切に結びつけようとする文化的精神のことを「図書館精神」と呼び、図書館存在の根本要件と考えた。また、中央図書館と町村図書館との関係を「母」と「子」のようなものと考え、「母心としての中央図書館精神」という概念を示した。これは、彼なりの中央図書館制度の理念であると思われるが、町村図書館を下位におく考えは関係者から反発を受けた。
第3章では、「図書館の対象学」という構想について検討した。「図書館の対象」とは図書館が働きかけるべき人々のことである。中田は当時の状況をみて、図書資料の研究は盛んであるが人間についての研究が不足していることを指摘し、その必要性を主張した。まず図書館を人間のような生命体にたとえ、「図書館の生活機能と生理機能」という概念によって、図書館本来の働きと、そのために必要な内部的事務とを区別した。そして未利用者を含む図書館の対象に関する研究がなされることによって、図書館本来の目的である生活機能が発揮できると考えた。中田は図書館の対象となる人々を読書能力に従って三種類ないし五種類に分け、下位の段階にある人々に対しては、次第に上位の段階に進んでいけるよう図書館が積極的に支援すべきだとした。各図書館は対象がどの段階にあるかを把握し、その分布を地図のように視覚化して国家規模の「対象界地図」を作成すべきであると考えた。しかし、中田自身もこの「地図」を作成することはできなかった。「図書館の対象学」には、戦後欧米で利用者研究が盛んになる以前の研究構想としての歴史的な意義が認められるが、具体的な分類や調査の方法論としてはいまだ不十分なものであった。
第4章では「読書学」という構想について検討した。中田は、読書において生活レベルの表面意識を超えた深い意識に通じる精神状態として「読書主観」という概念を提唱し、これによって読者は自らの人格よりも高い心境にある著者の人格の表現である、図書の内容を理解することが可能であるとした。読書は文を文として読む「読文的読書」から、関連事象を理解する「読事的読書」、さらに著者の心境を読みとる「読心的読書」にまで深められるべきものとされる。中田は多様な読書現象を大きく3種類に類型化し、主観的な満足を目的とする「主体主義的読書」から、客観的事象の獲得を目的とする「事象主義的読書」、そして人生そのものに資することを目的とする「人生主義的読書」へと進む、読書の発展段階説を提唱した。
全体として中田の図書館学構想は、現在の図書館情報学の用語を用いれば、図書館の「パブリック・サービス」に相当する「図書館の生活機能」についての研究であり、三つの研究領域は論理的・思弁的な面、外的・数量的な面、内的・質的な面からそれぞれアプローチを試みたものと考えられる。戦前の日本において、図書館哲学から利用者研究、読書心理学に類するこのような研究構想が存在したことは、図書館情報学の歴史において注目されるべき重要な業績である。